
コレを見るといろいろな出来事を思い出す。試行錯誤の日々が続き、まともに利益が出るようになったのは今年に入ってからのこと。
2002年10月。
株を始めた。ノーベル賞で話題の島津を高値掴み。そっこーロスカット。
UFJも買ったっけ。コレもロスカット。当時は17万くらいだった。
2002年11月。
信用を始めた。西友の急落後の反発で5000株買い、すぐに売り+2万。今となれば4円抜きの意味がわからん。どう見てももっと反発するだろ!
ちょっと戻したところで今度は空売りを仕掛けて-45万のロスカット。この時はまぢで“何やってんだろ?オレ・・・”ってかな〜りヘコんでた。やめようかなとも思った。玉の建て過ぎはダメだなと思ったのもこの時。
2003年〜。
3月頃はアドバンテストをメインに売買してた。ヘタクソなのにどうしてそんな値動きの荒いものを扱うのか・・・。日経が底をうっても空売りしてたアドの玉を両建てにして持ってたっけ。7月の大幅マイナスはそれを決済したため。
今から思えば、“日経が底をうった”ってのを実感してなかった。その内また下がるに違いないって思ってた。当時は全く市場の流れが読めてなかったのです。そんなイメージを焼き付ける下げ相場恐るべし。いろんな方が儲けてる時にダメダメだった。
日経が調整している時も相変わらずマイペースな売買。プレス工業を315円の高値で掴んで、漬物になり、-10万ほどでロスカットしたら戻しだしたってこともあった。この時は“ロスカットは早く、漬物になったら持ち続けること”って思った。
それ以降、基本的にデイトレで数千円の利益をコツコツ積み上げていった。その結果が2004年〜に反映されてる。
2004年5月。
つい最近のように思い出される暴落の日々。デイトレばっかでポジをほとんどとっていなかったから-5万くらいですんだ。
6月くらいから新興の売買を始める。“こんなに簡単に値が動くの?”と思った。日経が戻している間は順調に利益を重ねていった。が、そうそうGDP!!この時も判断が悪かった。軽い調整かと思ってたらガンガン下げていった。持ち玉は今でもいい味を出してる。
7月には船井財産が当選。ビビリだから初値で売ってしまった。その後上げるにしたがってヘコんでいく。まー当選しただけラッキーだなと自分を説得。
8月に入っても地合いは悪い。16日に底をうつまではほんと楽しくなかった。20日以降は先日書いた通り大きく勝っている。
とまー思い出話もこの辺にしましょか。一時は200万が半分くらいになってました。飲茶もがんがれ。ただもうちょい学習しようね。